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世界の分断

 

おとなになってからよく本を読むようになった。でかい本屋にふと立ち寄るのが好きになり、本の紙の匂いフェチになってしまう程にもなってしまった。小さい頃は、好きだった子に薦められた小説をその子と話したいがために読むくらいしか本と縁がなかった僕なんかが。義務教育、ないしはその延長線上にある高校という段階を終えて、急に周りと共有するものが少なくなるからだと思う。要するに不安だったんだと思う。言葉で世界を表さなくても毎日授業へ行って、勉強して、部活して、家へ帰ってご飯たべて、寝る前にベッドで横になりながら友達と携帯でなんとなく関わり、そうこうしてるうちに寝る。そんな小さい世界が終わって、もっと広く深い世界に放り出されたとき、僕はこれまでになかったネガティブな感情を抱くようになった。そんなときに自分を小さい憂鬱から脱出させてくれたのは世界を言葉で世界を言葉で自分の好きなように、見たいように分断し、わかったような気持ちになるときだった。また自分が思っていたことをいろんな媒体を通して見たり聞いたりすると気持ちよくなった。

 

 そうこうしてるうちに自分と同じように考えてる人はいないかな、他の人はどう考えてるんだろうとネットを漁っているうちにはてブという匿名ダイアリーにぶちあたった。どこのだれとも知らない人が世界を分断していた。それはまったくひっかからないものもあれば、お前は俺か?と思うものもあった。

 

でも一方で本当に言葉で分断することはポジティブなことなんだろうか。と思うようにもなっていた。世界を言葉で記述しなかったあの頃のほうが自分はポジティブだったような気がした。しなくてもいい余計なことをして、自分を苦しめているような気がした。

 

 

そう考えると、そんなことを考え得る暇もないぐらい夢中になれるものがあるということは間接的にも直接的にも自分を幸せにしてくれることに気づいた。確かに言葉で世界を分断するようになる前、僕には明確に「これのために生きている」「毎日これを必ずやる」と決めていたことがあり、僕はそれに支配されていた。

 

今の僕に足りないのはそういうものなのかもしれないとこの文章をここまで書いてきて気づいた。やっぱり言葉で吐き出すのは大事なんじゃないかと矛盾が出てきたのでもうここで書くのをやめる。

 

今日もまた僕は自分で自分がわからない。

 

✄-------------------------キリトリ--------------------------✄  

 

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